プログラミングの歴史は「女性100%」から始まった。マニュアルなき巨大マシンを回路図だけで操った、歴史から消された6人の英雄

AI・テクノロジー

現代のIT業界を見渡せば、エンジニアやプログラマーといえば「男性が多い仕事」というイメージが定着しています。2023年の調査でもその傾向は顕著であり、多くの女性エンジニアが、どこか「男性社会にお邪魔している」ような孤独感や、場違いな感覚を抱くことがあるといいます。

しかし、もしあなたが今、そんな孤独を感じているなら、この記事を読み進めてください。あなたが立っているその場所こそが、かつて女性たちがゼロから切り拓いた「聖地」であることを知ることになるはずです。

コンピュータの歴史を時計の針が動き出す前まで遡ってみましょう。世界初の電子式コンピュータ「ENIAC(エニアック)」が登場したその瞬間、最初の職業プログラマーとして採用されたのは、なんと全員が女性でした。コンピュータサイエンスの教科書に名を連ねる偉人たちは男性ばかりですが、実際にコードを書き、巨大なマシンに「魂」を吹き込んだのは、歴史からその名を奪われかけた6人の英雄たちだったのです。

今回の配信内容🎧

  • コンピュータの夜明け。世界初の職業プログラマーが「女性100%」だった理由。
  • 「宣伝用モデルでしょ」――専門家さえも見逃した、歴史的な写真に隠された嘘。
  • 取り扱い説明書も、仕様書も、実機すらない。回路図だけで論理を構築した超人的な仕事。
  • 歴史の改ざんに抗った一人の学生。数十年にわたる執念のリサーチが暴いた真実。

プログラマーの歴史は「女性」から始まった。なぜ彼女たちは選ばれたのか

現代の常識からすれば、黎明期の開発現場が女性だけで構成されていた事実は、天変地異のような衝撃かもしれません。しかし、当時はそれが「当たり前」でした。

第二次世界大戦中、ペンシルベニア大学で極秘に進められていたENIACの開発プロジェクト。そこで必要とされたのは、複雑な弾道計算を高速で行うための「計算手(Computer)」でした。当時は、計算という作業は知的な創造活動ではなく、タイピングに近い「事務的な裏方作業」だと見なされていたのです。

皮肉なことに、この「計算は女性の仕事」という当時の歪んだ性別役割分担こそが、世界初のプログラマー集団を女性のみで構成させることになりました。彼女たちは「エニアック・シックス」と呼ばれ、後に私たちが「ソフトウェア開発」と呼ぶことになる未知の領域へ、世界で最初に足を踏み入れたのです。

ここで明確にしておきたいのは、彼女たちは単なる計算機を叩く作業員ではなかったということです。彼女たちは、ハードウェアという巨大な鉄の塊に「論理」という命を吹き込む、現代で言うところのフルスタックエンジニアであり、アーキテクトそのものでした。「最初の職業プログラマーは女性ですし、なんなら6人連続女性です」という事実は、現代のエンジニアが抱くプログラマー像を根底から揺さぶる力を持っています。

「あの子たちはモデルでしょ」専門家さえも見逃した、写真に刻まれた確信

この驚愕の真実が、なぜ70年以上も闇に葬られていたのでしょうか。その背景には、記録者のバイアスによる「歴史の消去」がありました。

この問題に光を当てたのは、著者キャシー・クレイマン氏です。彼女が大学でコンピュータサイエンスを学んでいた頃、教科書に載っていた一枚の有名な写真がすべての始まりでした。ENIACの巨大なパネルの前に、二人の開発者の男性と、数人の若い女性が写っている写真です。

写真のキャプションには、開発者であるジョン・エッカートとジョン・モークリーの名前は誇らしげに記されていましたが、同じ画面で配線を操作している女性たちについては、名前どころか何者であるかの説明すら一行もありませんでした。クレイマン氏が不思議に思い、教授やコンピュータ博物館の設立者に「この女性たちは誰ですか?」と問いかけても、返ってきたのは目を疑うような冷ややかな回答でした。

「コンピュータ博物館の設立者のベルさんに至っては、いやーなんかモデルでしょみたいな」

専門家でさえ、彼女たちを「機械を華やかに見せるための飾り」だと決めつけていたのです。しかし、クレイマン氏の目は誤魔化せませんでした。写真の中の彼女たちは、カメラを意識したポーズなど取っていませんでした。配線を手際よく操り、真剣な眼差しでスイッチを見つめるその姿には、自分の仕事を完全に把握しているプロフェッショナル特有の「確信」が宿っていたのです。「エニアックの写真に写っている若い女性たちは自信に満ちていて核心を抱いているように見えた」――この直感こそが、歴史を動かすリサーチの種となりました。

「説明書なし」で巨大マシンを操る。OSを独学で生み出した超人たち

クレイマン氏の調査によって判明した彼女たちの仕事内容は、現代の熟練エンジニアですら顔青ざめるほど過酷で、かつ高度なものでした。

当時、ENIACは軍の最高機密。驚くべきことに、プログラマーとして採用された彼女たちですら、当初は実機に触れること、あるいは実機を見る合ことさえ許されませんでした。彼女たちに与えられたのは、部屋いっぱいに広がる巨大な「回路図」の束だけです。

想像してみてください。マニュアルも、プログラミング言語も、ググるための検索エンジンも存在しない世界です。彼女たちは、目の前にある回路図を一枚一枚読み解き、「このスイッチを入れたら、電流はどう流れ、どこで計算が行われるのか」を、すべて脳内でシミュレーションしなければなりませんでした。

「彼女たちがこのエニアックのオペレーティングシステム(OS)そのものだった」

彼女たちは、現代のエンジニアが当然のように使っている「ループ処理」や「条件分岐」といった概念を、ドキュメントのない暗闇の中で、自らの論理的思考力だけを頼りに発見し、実装していきました。配線を差し替え、数千個の真空管を制御し、巨大な鉄の塊を「思考するマシン」へと変えたその行為こそ、まさにプログラミングの誕生そのものでした。彼女たちは単なるオペレーターではなく、何もない場所に道を切り拓いた、真の開拓者だったのです。

二度失われかけた物語を救った、ある学生の「執念」

キャシー・クレイマン氏がこの事実を掘り起こし、大学の卒業論文として発表したことで、彼女たちの物語は一度は救い出されたかに見えました。しかし、歴史の忘却という力は恐ろしいものです。

卒論から10年後、ENIACの50周年記念式典が行われることを知ったクレイマン氏は、大学側に連絡を入れます。しかし、返ってきた返答は耳を疑うものでした。
「エニアック・シックス? 誰ですかそれは? そんな人たちの記録はありません」

大学という知の最高府においてさえ、わずか10年で彼女たちの功績は再び消え去ろうとしていました。歴史は放っておけば、声の大きい者の物語に塗り替えられてしまう。クレイマン氏はこのとき、単に論文を書くだけでは足りないことを悟ります。

彼女は法律家としてのキャリアを半年間休職し、自ら私費を投じて全米を飛び回り、存命だったエニアック・シックスのメンバーを探し出し、インタビューを重ねました。彼女たちが自らの言葉で語るドキュメンタリー映画を制作し、粘り強くメディアや学会に働きかけ、ついに彼女たちの名前を「公式な歴史」へと奪還したのです。

「コンピュータの歴史を始めた、最初のプログラマーたちは間違いなく女性たちだった」

この言葉が今日、事実として語られているのは、一人の女性の「おかしい」という違和感と、それを証明し続けた執念があったからです。


まとめ:消されたプログラマーたち:ENIAC Sixの物語

この記事をまとめると…

  • 世界初の職業プログラマーは「エニアック・シックス」と呼ばれる6人の女性たちであったが、性別バイアスによって長年「モデル」として扱われ、歴史から消されていた。
  • 彼女たちは、マニュアルも実機もない極限の秘匿環境で、膨大な「回路図」だけを頼りにプログラミングの基礎概念を自力で構築した超一流の専門家だった。
  • 著者キャシー・クレイマンによる、数十年にわたる執念のリサーチが、歴史の闇に葬られかけた彼女たちの名誉を奪還し、現代に蘇らせた。
  • 「プログラミングのルーツは女性にある」という事実は、現代のエンジニアたちに「自分たちは最初からここにいたのだ」という圧倒的な肯定感と勇気を与えている。

私たちが今、指先一つでプログラムを動かせるのは、かつて回路図の山に埋もれながら、名前も残らないことを覚悟して未来を築いた女性たちがいたからです。歴史の教科書に写る「名もなき人々」に目を向けるとき、そこには私たちがまだ知らない、輝かしい真実が隠されているのかもしれません。

配信元情報

番組名:ゆるコンピュータ科学ラジオ
タイトル:世界初のコンピュータの写真。写っている女性は何者なのか?#143
配信日:2024-09-29

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