なぜAIは「王様-男+女=女王」と解けるのか? 辞書を捨て、近所の言葉を数え続けたAIがたどり着いた“ぬくもりのない正解”

AI・テクノロジー

チャットGPTと対話しているとき、ふと背筋が凍るような賢さを感じたことはありませんか?
「このAI、本当に言葉の意味を理解しているんじゃないか……」と。

しかし、その舞台裏を覗いてみると、そこには私たちが学校で習ったような「国語辞典」も、言葉に付随する「思い出」も存在しません。AIが行っているのは、言葉を100個以上の無機質な数字の羅列に変換し、それを広大な計算空間に放り込むという、ある種の「狂気」に近い数学的処理でした。

言葉からぬくもりを奪い、冷徹な「座標」として処理する。一見、知能とは無縁に見えるこのアプローチが、なぜ人間顔負けの言語能力を生み出したのでしょうか。今回は、専門家のりょうさんと共に、現代AIの心臓部である「単語ベクトル」の正体と、言葉を「計算」するという驚きのトリックについて、エキサイティングに紐解いていきます。


1. ベクトルの正体は、ただの「数字の組み」

AIの世界で頻繁に登場する「ベクトル」という言葉。高校数学で習った「向きと長さがある矢印」を思い浮かべて身構えてしまう方も多いかもしれませんが、コンピュータサイエンスの世界では、もっとシンプルに定義されています。

「ベクトルって、結局は数字の組み(セット)なんですよ」

例えば、「コンピュータ」という単語をAIが扱うとき、それは辞書のような説明文ではなく、「-0.037, 0.02, 0.51, -0.12…」といった、数百から数千個もの小数点を含む数字の羅列として管理されます。AIにとって単語とは、広大な多次元空間の中に打ち込まれた、たった一つの「住所(座標)」に過ぎないのです。

最新のAIでは、一つの単語に割り振られる数字のセットは膨大な数に上ります。この膨大な数字たちが、言葉の持つ多面的な意味——温かさ、硬さ、役割、性別、時代感など——を、多次元空間の中に静かに刻み込んでいます。この「数字の組み」こそが単語ベクトルであり、これがあるおかげで、コンピュータは言葉を、初めて「計算可能な対象」として扱えるようになるのです。


2. 言葉の意味は「近所の単語」で決まる:分布仮説の勝利

なぜ数字を並べるだけで、AIは「犬」と「猫」が似ていると判断できるのでしょうか。その鍵は、言語学の世界に古くからある「分布仮説」というアイデアにあります。

これは、「同じような文脈(周辺)で使われる単語は、意味も似ている」という、極めてシンプルかつ力強い考え方です。

「AIが単語を管理するのに、人間らしいぬくもりとかはいらないんですよ。ただ、周りにある言葉を愚直に数えるだけなんです」

たとえば、「犬」という言葉の近くには、よく「エサ」「散歩」「飼う」「可愛い」といった言葉が現れます。一方で「猫」の近くにも、やはり「エサ」「飼う」「可愛い」が現れます。しかし、「掃除機」の近くに「エサ」が現れることはまずありません。

AIは、インターネット上の天文学的な量のテキストデータを読み込み、周辺にある単語をひたすら「数え上げる」という泥臭い作業を繰り返します。正直、ただ数えるだけなんて、最初は誰もが「そんなバカな」と思ったはずです。しかし、辞書を一切引かずに、近所の言葉との付き合い方(分布)だけを統計的に処理することで、AIは「犬と猫は近い存在だが、掃除機は別物だ」という、言葉の「島」を数学的に形成してしまったのです。


3. 「王様-男+女=女王」の衝撃。言葉を数学的に引き算するマジック

単語が「数字の組み(ベクトル)」になったことで、私たちの常識を覆す現象が起こります。なんと、言葉同士で「足し算」や「引き算」ができるようになるのです。

最も有名なのが、AI研究の歴史に刻まれたこの数式です。
「王様(King)」-「男(Man)」+「女(Woman)」= ?

この計算をベクトルの世界で行うと、その結果得られる数字の羅列は、空間上で「女王(Queen)」の座標に極めて近い場所に位置します。人間が「王様の女性版は女王だよ」と教えなくても、AIは大量のデータから「性別」や「役割」という概念の関係性を、数学的な「距離や方向」として自ら見出してしまうのです。

これは「意味の演算」と呼ばれる革命的な出来事でした。しかし、この数学的マジックも万能ではありません。実は、単純な統計処理だけでは解決できない不気味な失敗例も存在します。

例えば、AIが作り出した多次元空間の中で「コアラ」の真逆(対極)に位置する単語を探すと、意味上の対義語(例えば、動きの速い動物など)ではなく、統計上のノイズに近い「特性」といった無関係な言葉が出てきてしまうことがあります。AIはあくまで統計の奴隷であり、本質的な「意味」を掴んでいるわけではなく、あくまで「数字上の位置」で判断しているに過ぎないという限界がここに透けて見えます。


4. AIの「ぬくもりのない」意味理解が、なぜ人間を超えるのか

かつての言語学者は、単語の意味を定義するために「人間らしさ」や「生命感」といった属性(素性)を、人間が一生懸命に記述しようとしてきました。しかし、AIの研究者たちはあえてその「ぬくもり」を捨て、ひたすらデータから統計的に学ばせる「ビター・レッスン(苦い教訓)」の道を選びました。

その結果、AIは「なぜこの単語がこういう意味なのか」を理屈で説明することはできません。なぜ女王なのか、なぜ犬と猫が似ているのか、AIに理由を問うても「数字がそうなっているから」としか答えられないのです。

「理屈は説明できないけど運用は正しくできるって、実は人間の言語習得も一緒じゃん。それを大規模言語モデルもやってるわけですよ」

私たち人間も、幼い頃に辞書を引いて言葉を覚えたわけではありません。「周りの大人がこういう時に使っていた」という文脈、つまり分布の観察から言葉を習得してきました。いわば「文法なんて知らないけれど、なぜか喋れる」という私たちの母国語感覚。AIの分布仮説は、皮肉にも人間の最も原始的な学習プロセスを、統計の力で模倣しているのかもしれません。

AIにとっての「言葉」には、私たちが感じるような質感も思い出もありません。あるのは、無限に広がる数字の海の中の、たった一つの座標だけ。しかし、その「ぬくもりのない計算」の果てに、最も人間らしい知能が宿るという矛盾こそが、現代AI開発の最高に面白いところなのです。


まとめ

この記事をまとめると…

  • 単語ベクトルの正体: 単語をコンピュータが計算しやすい「数字の組み(羅列)」に置き換えたもの。数百〜数千の数字が、言葉の多面的な意味を座標として記録している。
  • 分布仮説の勝利: 「周辺にどの単語が出てくるか」を数えるだけで、辞書を使わずに言葉同士の「意味の近さ」を判断できるようになった。
  • 意味の演算: 単語を数値化することで「王様 - 男 + 女 = 女王」のように、概念の関係性を数学的に導き出すことが可能になった。
  • AIの限界: あくまで統計的な「距離」で判断しているため、「コアラの対義語が『特性』になる」ような、人間には理解しがたい失敗も起こる。
  • 統計への振り切り: 言葉の定義を理屈で教える「ぬくもり」を捨て、膨大なデータからの統計学習に特化したことが、現代AIの驚異的な性能を生んだ。

配信元情報

番組名:ゆるコンピュータ科学ラジオ
タイトル:【数えるだけ】AIが単語を理解するトリックが巧妙すぎる【大規模言語モデル2】#130
配信日:2024-06-23

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