「正直に腹の内を明かすことだけが、正解ではありません。」
今の世の中、やれ「本音で語れ」だの「自分をさらけ出せ」だのといった、透明性を美徳とする同調圧力が強すぎると感じたことはありませんか?
そうした風潮に疲れ、つい「感情がない」「何を考えているか分からない」と言われてしまう自分を、どこか欠落しているように感じてはいないでしょうか。
もしそうなら、まず安心してほしい。
プログラミングの世界において、中身を明かさない「情報隠蔽(じょうほういんぺい)」は、システムの効率と安全を担保する最強の「正義」とされています。
「情報隠蔽こそがエンジニアリング力で正義です」
そう断言される通り、あえて中身を隠し、外側からはその機能だけを利用できるように設計することこそが、高度な知性の証なのです。今回は、ソフトウェア工学の至宝「パルナスの規則」を人生の羅針盤として、感情を見せないプロフェッショナルの美学「REST API的生き方」を紐解きます。
今回の配信内容🎧
- 「情報隠蔽」はなぜ悪事ではなく、現代社会を円滑に回すための「正義」なのか。
- 必要な情報だけを与え、余計な詳細は隠し切る「パルナスの規則」の魔力。
- 経理業務の中身を知らなくても会社が回る、優れた分業のアーキテクチャ。
- 感情を殺して働く人を「REST API」として尊ぶべき、これだけの理由。
「知らないでいい」という究極の自由。パルナスの規則が守る世界の秩序
「情報隠蔽」という言葉に、公文書改ざんや不祥事の隠蔽といったダーティーな響きを感じるのは、もったいないことです。ソフトウェア工学におけるそれは、むしろ「優しさ」に近い。
この概念の核心にあるのが、伝説的な情報科学者デイビッド・パルナスが提唱した「パルナスの規則」です。
「モジュールの利用者にはそのモジュールを利用するために必要なすべての情報を与え、それ以外の情報は一切見せない」
このシンプルな原則を守ることで、私たちは「知る必要のないことを知らなくて済む」という究極の自由を手に入れます。
想像してみてください。もし、あなたがスマートフォンで誰かにメッセージを送るたびに、内部のパケット通信の仕組みや、半導体の電圧の制御方法をすべて理解しなければならないとしたら? おそらく一生かかっても、メッセージ一通送ることはできないでしょう。
「知る必要のないことを知らなくて済む」
これは、学習コストの劇的な削減を意味します。100万行の複雑なコードを理解しなくても、たった1行のコマンドでシステムを動かせる。この「100万:1」の圧倒的な情報圧縮率こそが、パルナスの規則が現代文明にもたらした最大の功績なのです。ブラックボックスであることは、決して悪ではありません。中身を意識させないほど洗練された設計こそが、プロフェッショナルな仕事なのです。
経理業務に見る「情報隠蔽」の利便性と分業の美学
このパルナスの規則は、会社という組織のアーキテクチャにも見事に当てはまります。
たとえば、社員が経費を精算する場面を思い出してください。
社員は「領収書を出し、精算システムに入力する」という、決められたインターフェースに従うだけです。その裏で経理部がどのような複雑な承認フローを回し、どの銀行口座から振込処理を行い、どんな会計仕訳を切っているのか。その詳細な「実装(中身)」を知る必要は一切ありません。
「ブラックボックスなのはお前だ」なんて陰口を叩かれることもあるかもしれませんが、中身を知らなくても結果(銀行振込)が得られる状態は、分業として完璧に成功している証拠です。
もし、経理部長が「社員全員が会計ソフトの操作に精通すべきだ」なんて言い出したら、その会社は本来の業務が疎かになり、すぐに潰れてしまうでしょう。
優れた組織とは、内部の複雑さを徹底的に「情報隠蔽」し、利用者(他部署の社員)には極限までシンプルな手順だけを提供する組織です。大企業で「自分の仕事以外、何が起きているかよく分からないけれど、全体としてはスムーズに回っている」という状態は、実は高度にパルナスの規則が満たされた、非常に健全で強力な状態なのです。
感情がない人は「REST API」として極めて優秀である
さて、この思想を人間関係に転用してみましょう。
世間では「ポーカーフェイスで何を考えているか分からない」「愛想はいいけれど腹の内が見えない」と評される人がいます。彼らはしばしば「冷たい」とか「AIのようだ」と揶揄されることもあります。
しかし、堀本氏は彼らをエンジニアリングの視点から「REST API」のようだと最大級の賛辞を送ります。
「感情がない人みたいなのさ、AIって言われがちだけど、それAIじゃないからね。REST APIだからさ」
APIとは、複雑な機能を誰もが使えるようにパッケージ化した窓口のこと。中でも「REST API」的な生き方をする人には、次のようなエンジニアリング的な美徳が備わっています。
- 情報隠蔽の徹底: 内部の不安定な感情(プライベートな悩みや怒り)を一切出さず、相手が求めるプロフェッショナルな回答(出力)だけを返す。
- ステートレス(状態を保持しない): 前の客に怒鳴られたからといって、次の客に不機嫌を撒き散らさない。一回一回のやり取りが独立しており、常に安定したパフォーマンスを発揮する。
- べき等性(再現性): いつ、誰が話を振っても、同じように安定した、質の高いレスポンスが返ってくるという安心感。
「正直、何でもかんでもオープンにしようという風潮、疲れませんか?」
自分の内面のドロドロしたものをさらけ出すのが人間らしいとされる風潮もありますが、ビジネスや社会生活の現場において、それは単なる「ノイズ(不要な情報)」でしかありません。
REST API的な人は、冷たいのではありません。相手が「何を聞けば、どんな答えが返ってくるか」を予測しやすくしてくれている、最高にユーザーフレンドリーなインターフェースなのです。
人間というブラックボックスを、いかに安定したAPIとして公開するか。その設計センスこそが、大人の知性であり、他者への深い思いやりでもあります。
なぜ「隠すこと」が最大の誠実さになるのか
もちろん、何でもかんでも隠せばいいというわけではありません。
エンジニアリングにおける情報隠蔽には、重い責任が伴います。それは「インターフェースを維持する」という約束です。
もし、経理部が「入力方法(ルール)」を頻繁に変えたり、APIの挙動が日によってバラバラだったりしたら、それは情報隠蔽ではなく、単なる「バグ」や「怠慢」になります。
「ただ黙り込むのは隠蔽ではなく、不具合のあるシステムです。適切なレスポンスがあって初めて、隠蔽は正義になります」
私たちは、自分の内面という複雑なコードを、他人にすべて読ませる必要はありません。むしろ、他人の脳のリソースを奪わないために、内部の混乱は隠し切り、洗練された「結果」だけを手渡すべきなのです。
この「ゆるコンピュータ科学ラジオ」も、実はパルナスの規則を徹底しています。
収録までの膨大な下調べの苦労や、台本の試行錯誤、厳密すぎて面白さを削いでしまう定義。それらはすべて、リスナーの楽しみという「出力」のために、意識的に「情報隠蔽」されています。
堀本氏が「あえて理解していないフリをする」のも、受け手の認知負荷を下げるための、高度な情報の最小化技術なのです。
まとめ
この記事をまとめると…
- 情報隠蔽は悪事ではなく、利用者の学習コストを下げ、システムの安全を確保するエンジニアリングの「正義」である。
- 「パルナスの規則」を守ることは、利用者に「知らなくていい自由」を与え、社会全体の効率を最大化させる。
- 経理業務の仕組みのように、内部構造を知らずにメリットだけを享受できる状態こそ、優れた組織の形である。
- 感情を制御し、安定したレスポンスを返す人は、情報の隠蔽性と再現性に優れた「REST API」のような気高い存在である。
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「自分の中身を分かってもらえない」と悩む必要はありません。
あなたが感情を戦略的に隠し、プロフェッショナルとしての役割を安定して果たしているのなら、あなたは周囲から最も信頼される「優れたアーキテクチャを持つ人間」なのです。
次に誰かから「何を考えているか分からない」と言われたら、心の中でこう呟いてください。
「当然だ。私は情報の安全性を守り、あなたに不要な認知負荷をかけない、最高級のAPIとして振る舞っているのだから」
配信元情報
番組名:ゆるコンピュータ科学ラジオ
タイトル:感情がない人はAPIとして優れているし、情報隠ぺいは正義【プリンシプルオブライフ2】#27
配信日:2022-07-03

