ChatGPTの正体は「1万件の手書きデータ」と【不眠不休の監視】。最先端AIを育てる、あまりに泥臭い“24時間の子守り”

AI・テクノロジー

チャットGPTが流暢に言葉を紡ぎ、私たちの問いに鮮やかに答える姿を見て、世界中の人々が「ついにSFの世界が現実になった」と胸を躍らせました。しかし、その輝かしい知能の舞台裏を覗き見れば、そこに広がっているのは洗練された数式だけの世界ではありません。

実はその正体は、汗と脂にまみれた「24時間の子守り」と、気が遠くなるような「ゴミ拾い」の連続です。AIは、ある日突然、勝手に賢くなる魔法の箱ではないのです。世界中のデータをかき集める海賊王のような組織から、モニターの前で不眠不休の監視を続ける開発者まで。

今回は専門家のりょうさんを迎え、最先端AI(大規模言語モデル:LLM)の「あまりに人間臭い」誕生の裏側を紐解きます。この記事を読み終える頃、あなたはAIの回答一つひとつに、名もなきエンジニアたちの「執念」を感じずにはいられなくなるはずです。


1. この世のすべてをそこに置いてきた「コモンクロール」という財宝

AIが言葉を学ぶためには、とてつもない量のテキストデータが必要です。Wikipediaを丸ごと飲み込ませるだけでは、大規模言語モデルを作るには全く足りません。そこで世界の開発者たちが唯一の希望として頼るのが、「コモンクロール(Common Crawl)」という非営利団体の存在です。

彼らはWeb上に存在するあらゆるテキストを収集し、データ化して誰でもダウンロードできるように公開しています。まさに「この世のすべてをそこに置いてきた」海賊王のような存在。このビッグデータがあるおかげで、世界中の誰でもLLMの開発に挑戦できる土壌が整いました。

しかし、このデータの海は、同時に「ゴミの山」でもあります。この膨大なデータと、それを回すための数千枚のGPU。これらを維持し、学習に投入できるのは現状、限られた巨大資本を持つプレイヤーだけという、AI格差の厳しい現実もこのビッグデータの裏側には隠されています。


2. 開発の9割は「乱暴、怒りのプロパンガス」との戦い

「データサイエンスって、前処理が9割なんですよ」

専門家のりょうさんが語るこの言葉に、AI開発の真実が凝縮されています。海賊王が届けてくれたデータは、そのままでは到底使えません。Webの世界は、意味不明な文字列、露骨な広告、SEO対策のために名詞だけが並んだ低品質なテキストで溢れ返っているからです。

現場のエンジニアたちの間で語り草になっているのが、「乱暴、怒りのプロパンガス」という謎のフレーズです。これは実際に見つかった意味不明な文字列だそうですが、こうした「ゴミデータ」をルールベースのプログラムで一つひとつ、愚直に排除していく作業が必要です。

正直、正気の沙汰ではありません。最新の数理モデルをいじっている時間なんて、実はほんの一握り。実際は、画面に流れる「プロパンガス」のような呪文を1つずつ消していくような、極めて泥臭い前処理に開発時間のほとんどが費やされます。華々しいイノベーションの正体は、こうした地味なデータ清掃作業をやり切る「根性」に支えられているのです。


3. 1晩で数百万が吹き飛ぶ恐怖。不眠不休の「ベイビーセッティング(子守り)」

無事にデータの準備が終わり、いよいよ学習の火が灯されたとしても、開発者の試練は終わりません。大規模なLLMの学習には、数千枚ものGPU(計算機)を数ヶ月間フル回転させますが、これらは「壊れること」が前提の代物です。

数千枚もの計算機が24時間絶え間なく動き続ければ、熱暴走や故障が頻繁に起こります。もし学習が途中でクラッシュし、そのまま放置されれば、一晩で数百万円、数千万円単位の電気代と計算コストがドブに捨てられることになります。学習が途切れないよう見守るこの過酷な作業は、業界で「ベイビーセッティング(子守り)」と呼ばれています。

メタ(旧Facebook)社が公開した80日間の学習ログには、エンジニアたちが不眠不休で壊れるGPUを差し替え、システムのエラーをなだめ続けた生々しい記録が残っています。深夜3時にアラートで叩き起こされ、冷や汗を流しながらデータセンターの状況を確認する。最先端の知能を生み出す現場は、実は赤ちゃんを24時間体制で見守る親のような、壮絶な献身によって維持されているのです。


4. 1万件の人力データがAIを「一人前」にする学校教育

世界中の知識を吸収し終えたAIは、まだ「知識があるだけの物知り」に過ぎません。人間が「明日の天気を教えて」と言っても、適切に答えることができない。そこで行われるのが「ファインチューニング(指示学習)」という、いわば「学校教育」のプロセスです。

驚くべきことに、ここでは「AIにこう聞かれたら、このように答えてほしい」という理想の回答例を、人間が人力で1万件、あるいはそれ以上作成し、AIに教え込みます。

知識があるだけのAIは、放っておけば平気で嘘をついたり、倫理的に危うい回答をしたりします。この「1万件の型」を叩き込む作業こそが、AIをビジネスの現場で「使える道具」にするための最後の防波堤。私たちがAIの回答に感動する裏側には、実は1万回以上も「正解」を手書きするようにデータ化した人間の努力が詰まっているのです。


5. 本質を追求するために「本質的でないこと」をやり抜く

最後に、思想家・東浩紀氏の著書『言論戦記』にある言葉が紹介されました。

「最も重要なのは、何か新しいことを実現するためには、一見本質的でないことこそ本質的で、本質的なことばかりを追求すると、むしろ新しいことは実現できなくなる」

AI開発も全く同じです。洗練された理論だけを追い求めるのではなく、領収書の打ち込みのような地道な事務作業や、深夜のシステム監視、そして「プロパンガス」の除去といった、一見「美しくない実務」を完遂した先にこそ、世界を揺るがすサービスが生まれます。

AIの進化とは、実は最もアナログな「人間の執念」の結果。スマートな回答の背後に潜む、エンジニアたちの胃の痛みと、泥臭い努力。それこそが、テクノロジーが私たちに届けてくれる真の価値なのかもしれません。


まとめ

この記事をまとめると…

  • 土台のビッグデータ: LLM開発には、Web上の全データを集めた「コモンクロール」という膨大な「財宝」が不可欠である。
  • 泥臭い前処理: 開発時間の9割は、「乱暴、怒りのプロパンガス」に象徴される低品質なゴミデータを排除する清掃作業に費やされる。
  • 過酷な監視: 数千枚のGPUの故障に備え、24時間体制で学習を見守る「ベイビーセッティング(子守り)」は、エンジニアの精神を削る過酷な業務。
  • 人力の学校教育: 人間が作成した1万件以上の「指示と回答」のペアを教え込むことで、AIはようやく「使える道具」へと進化する。
  • イノベーションの本質: 新しいことを実現するのは、洗練された理論だけでなく、一見本質的ではない「泥臭い実務」をやり抜く執念である。

配信元情報

番組名:ゆるコンピュータ科学ラジオ
タイトル:現代のAIは24時間体制の「子守り」が必要? 開発者の泥臭い努力を聞く回【大規模言語モデル3】#131
配信日:2024-06-30

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