1000の絶望を10のステップに変える。近代ソフトウェア工学が「デカルト先生大歓喜工学」と呼ばれる、痺れるほど美しい理由

AI・テクノロジー

目の前に、バラバラになった1000巻の漫画があると想像してください。
前回までにお話しした通り、これを1巻から律儀に探し出し、本棚の左端から埋めていくのは「ダサい努力」の典型です。その方法はデータの量が増えた瞬間に手間が2乗で跳ね上がる、いわば「凡人のソート」であり、1000巻なら50万回の計算を強いる絶望的な持久戦です。

しかし、コンピュータ科学の世界には、この絶望をわずか1万回程度の計算、つまり50分の1の労力で片付けてしまう「天才の知略」が存在します。その名も「クイックソート」。

このアルゴリズムの凄みは、単なる処理速度の速さにあるのではありません。その根底には、17世紀の哲学者デカルトが残した「ある思想」が脈々と流れているのです。

「僕、デカルトだと思うんですよね」

そう語られる通り、現代のテクノロジーを支える最強のアルゴリズムを紐解くと、そこには「デカルトみ」としか言いようのない、痺れるほど美しい論理が横たわっています。今回はアルゴリズムシリーズの完結編。技術の枠を超え、あなたの人生の「困難」すらも攻略可能にする「分割統治」の神髄に迫ります。

今回の配信内容🎧

  • 天才のアルゴリズム「クイックソート」は、なぜ1巻から順番に探さないのか。
  • 1000の絶望を10のステップに変える、「逆転の指数関数」がもたらす数学的奇跡。
  • デカルトの遺言「困難は分割せよ」をコードに変えた、エンジニアたちの精神性。
  • 複雑な世界にどこで線を引くか。プログラマーの真の知性「デカルトみ」の正体。

凡人のソートと天才の「クイックソート」

バラバラの漫画を並べ替えるとき、多くの人が陥る「1巻から順に場所を確定させる」という直感。これを捨てた瞬間に、クイックソートという魔法が始まります。

「クイックソートっていう呼び名なんですよ。そのすげー、アルゴリズム」

この手法の肝は、最初から「1巻」という正解に注目しないことです。たとえば、山の中から適当に真ん中あたりの「15巻」を選んで、本棚の真ん中に突き刺します。そして、残りの漫画を「15巻より小さいグループ」と「大きいグループ」に左右に分ける。たったこれだけです。

「正直、最初は『分けるだけで速くなるわけないじゃん』って思いますよね。僕もそうでした。1つずつ確定させなきゃ終わらないだろうって」

しかし、この「とりあえず分ける」という一段階目が、実は勝利への決定打なのです。分けられたグループの中はまだグチャグチャで構いません。しかし、分けた後にそれぞれのグループ内でまた同じ作業(基準を決めて分割)を繰り返していくと、驚くべき連鎖反応が起き、一気に整列が完了します。全体を「分け続ける」ことで、手に負えない大きな問題を、自分が扱える小さな問題へと分解していく。これこそが「クイック」の名を冠する天才の発送です。

1000の絶望を10のステップに変える。分割がもたらす数学的奇跡

なぜ、ただ分けるだけで劇的に速くなるのでしょうか。そこには、直感を凌駕する数学的根拠が隠されています。

1000冊の漫画を並べ替えるとき、前回紹介した「選択ソート」は約50万回の計算が必要でした。一方、クイックソートはどうでしょう。ここで重要になるのは、「何回分割すれば、全ての本が1冊ずつの状態(統治完了)になるか」という視点です。

コンピュータの世界では「 $2^{10}=1024$ 」という数字が魔法の合言葉のように使われます。
1000を半分に分けると500。
500を半分に分けると250。
250を半分に分けると125……。

「1000が500、250、125…と半分になり続け、わずか10ステップで『1』に到達する。この『逆転の指数関数』が、魔法の正体です。つまり私たちは『1000の壁』を攻略しているのではなく、『10という階段』を登っているだけなのです」

1000個のデータに対して、この10ステップの分割作業を行う。計算回数の合計は約1万回。以前の50万回と比べると、その差は圧倒的です。
「1000回の作業を10回やるだけなので、合計は約1万回。以前の50万回と比べると圧倒的です」
著者の石畑先生が語る通り、良いアルゴリズムというものは、単に効率的なだけでなく「巧妙なトリック」と「こころよい驚き」を感じさせてくれる芸術なのです。

コンピュータ科学は「デカルト先生大歓喜工学」である

ここで、話は一気に300年以上前の哲学の世界へと飛びます。
堀本氏が提唱するのは、「コンピュータ科学において最も尊敬すべき人物はアラン・チューリングではなく、哲学者デカルトである」という大胆な説です。

その理由は、デカルトが著書『方法序説』で残したあまりに有名なフレーズ「困難は分割せよ」にあります。

この思想はコンピュータサイエンスの世界で「分割統治(Divide and Conquer)」と呼ばれ、ソフトウェア開発のあらゆる場面で貫かれている黄金律です。複雑すぎて人間の脳では処理しきれない巨大なシステムも、自分が理解し制御できるレベルまで小さく「分割(ディバイド)」してしまえば、あとは簡単に「統治(コンカー)」できる。

「近代ソフトウェア工学はデカルト先生大歓喜工学と言っても過言ではない」

たとえば、大規模なプログラムを機能ごとに切り分ける「モジュール化」や、情報をカプセルに閉じ込めて独立させる「カプセル化」も、すべてはこの「デカルトみ」の現れです。いかに効率よく境界線を引き、問題を解体するか。そのセンスこそが、エンジニアに求められる真の知性なのです。

プログラマーは常に「どこで線を引くか」を考えている

「プログラマって常にどこでディバイドするかを考えている生き物なんです」

この「分割統治」の思想は、単なるコードの書き方を超え、私たちの仕事や人生の難題を解くための最強のフレームワークになります。
巨大なプロジェクト、資格試験の勉強、あるいは人生の大きな決断。それらを「一つの大きな塊」として捉えるから、私たちは絶望し、立ちすくんでしまうのです。

優れたプログラマーが真っ先に考えるのは、その巨大な対象の「どこに分割線を引くか」です。自分が今日1日で完結できるサイズまで、あるいはマシンのメモリが溢れないサイズまで切り分けられたなら、その問題はもう半分解決したも同然です。

近代ソフトウェア工学の恩恵とは、単に便利なアプリが使えることではありません。先人たちがデカルトの教えを忠実に守り、複雑怪奇なシステムを「人間が扱えるサイズ」にまで徹底的に切り分けてきてくれた、その「知恵の継承」そのものなのです。


まとめ

この記事をまとめると…

  • クイックソートは、基準値をもとにデータを分け続ける「分割統治」のアルゴリズムであり、 $O(N \log N)$ の圧倒的効率を実現する。
  • 「1000冊を半分にし続けると10回で終わる」という数学的事実が、直感的な並べ替えを過去のものにする。
  • デカルトの「困難は分割せよ」は、現代のソフトウェア工学の根幹を成す黄金律(分割統治)である。
  • 複雑な問題を「自分が扱えるサイズ」にディバイド(分割)する能力こそが、不確実な時代を生き抜くための真の知性である。

ただし、この「天才」も万能ではありません。実は、最初から綺麗に並んでいるデータに対して特定の基準を選んでしまうと、分割がうまくいかずに「凡人ソート( $O(N^2)$ )」に成り下がってしまうという、皮肉な弱点も持っています。完璧な正解を求めるのではなく、状況に応じて「どこで分けるか」を微調整し続ける。それこそが、私たちがコンピュータ科学から学ぶべき、最も人間らしい「統治」の姿勢なのかもしれません。

次にあなたが「手も足も出ない難問」にぶつかった時、どうかデカルト先生の顔を思い出してください。

その困難、まだ分割できるはずです。一気に片付けようとせず、まずは真ん中に一本の線を引くところから始めてみませんか。心地よい驚きは、その先に待っています。

配信元情報

番組名:ゆるコンピュータ科学ラジオ
タイトル:デカルトみを感じたいなら、コンピュータ科学をやれ!【アルゴリズム3】#3
配信日:2022-01-16

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