掲げた理想は高かった。しかし、現実はあまりに冷酷でした。
2035年のEV化を叫んだ欧州メーカーが、自らエンジン技術を放り出し、中国勢に塩を送る結果となった歴史的失策。サイバー攻撃からデータを守ろうとして、自ら物流の息の根を止めてしまったアサヒグループの苦渋。そして、博多駅の空中に描いた壮大な夢を、2倍に跳ね上がった建設費という現実が打ち砕いたJR九州。
今、各界のリーダーたちが直面しているのは、良かれと思って描いた「理想」が、いつの間にか自分たちの首を絞める「毒」へと変貌するパラドックスです。私たちは今、右肩上がりの正解が音を立てて崩れる時代の真っ只中にいます。この記事では、各業界で起きた「想定外」の真相を抉り出し、私たちが2026年を生き抜くために必要な「冷徹な現実適応術」を導き出します。
今回の配信内容🎧
- 欧州「脱エンジン」の自縄自縛。手放した熟練技術者が中国勢の牙を研いだ皮肉な構図。
- アサヒグループを襲ったランサムウェアの衝撃。セキュリティの「正解」が物流を殺したシステム遮断の盲点。
- 夢の「空中都市」を飲み込んだ900億の壁。JR博多駅プロジェクト中止が突きつけた、日本の建設コストの限界。
- 「撤退の美学」か「停滞の兆し」か? 2026年のビジネスシーンを支配する「損切り」と現実適応の重要性。
1. 中国に塩を送った欧州の失策。自らの強みを捨てた「脱エンジン」の代償
2020年代後半からの「脱エンジン」を声高に掲げ、急進的なEV(電気自動車)シフトへと突き進んできた欧州の自動車業界。しかし今、その足元はかつてないほど激しく揺らいでいます。
EVシフトの先頭を走ってきたドイツのフォルクスワーゲン(VW)は、現在、3万人規模の人員削減に加え、ドイツ本国にある工場の閉鎖まで検討するという、創業以来の危機に瀕しています。かつて「2035年までに100%EV化」を掲げた熱狂はどこへやら、VWグループのCEOは「その目標は時期尚早だった」と事実上の白旗を上げ、メルセデス・ベンツの社長までもが「エンジン車を一律に禁止すれば自動車市場そのものが崩壊する」と、悲鳴にも似た懸念を表明しています。
この状況における最大の皮肉は、欧州が理想を追うあまりに放り出した「エンジン技術」の行方です。欧州勢がエンジン開発の予算を削り、人員を整理する中で、居場所を失った多くの熟練エンジニアたちが中国メーカーへと流れ込みました。そして今、欧州から流出した技術という「塩」を得た中国勢が、最新のハイブリッド技術と圧倒的なコストパフォーマンスを武器に、欧州の老舗ブランドを自国の市場で脅かすという悪夢のような構図が完成しています。
IAAモビリティなどの国際展示会で、欧州勢の牙城を平然と崩していく中国メーカーの姿は、まさに戦略的失策の「代償」そのものです。これは自動車業界に限った話ではありません。自社の強みを、時代の流行という不確かなルールに合わせて安易に捨て去ることが、どれほど致命的な「毒」になるか。私たちは、欧州の苦境から経営の普遍的な教訓を学ぶべきです。
2. 防御という名の「物流自殺」。アサヒグループを襲ったシステム遮断の盲点
サイバーセキュリティの世界でも、理想的な「正解」が現実のビジネスを破壊する事態が起きました。アサヒグループホールディングスを襲ったランサムウェア攻撃です。
2025年9月29日、攻撃を確認したアサヒは、個人情報や重要データを保護するために、直ちに障害が発生したシステムをネットワークから遮断しました。セキュリティ担当者からすれば、被害拡大を防ぐための「教科書通りの迅速な対応」です。しかし、この迅速な遮断こそが、予期せぬブーメランとなって同社の喉元に突き刺さりました。
遮断したシステムの中には、商品の受注や出荷の司令塔となる基幹システム「スピリット」が含まれていたのです。防御こそが最大の攻撃、いや、自らへのダメージになってしまった。データは守られましたが、その代償として同社グループの物流全般が完全に麻痺しました。1日数十万ケースという膨大な飲料を捌く現場で、急遽行われたのは「手書きによる受注」と「手探りの出荷」という、令和の時代とは思えないアナログな応急処置でした。
正直なところ、飲料物流という分単位の精度が求められる現場において、手作業は限界があります。一部の店舗で欠品が発生し、消費者への実害が出て初めて、この「防御的遮断」が抱えるジレンマの重さが露呈しました。セキュリティ担当者にとって、これほど皮肉で痛恨の判断はないでしょう。「データを守ること」と「事業を止めないこと」。サイバー戦の最前線において、私たちはこの二つの天秤を、想像以上にシビアに、かつ冷徹にコントロールする技術が求められています。
3. 夢の『空中都市』を飲み込んだ900億の壁。博多駅プロジェクト中止の真相
私たちの生活インフラを支える都市開発の現場でも、壮大な理想が「コスト」という冷酷な壁に激突しました。JR九州が進めていた「博多駅空中都市プロジェクト」の中止です。
当初、JR九州が描いたのは博多駅の線路上空にオフィスやホテルを備えた地下1階・地上12階建てのランドマークを建てるという、435億円規模のロマン溢れる計画でした。しかし、設計・施工を担う清水建設から提示された再見積もりは、その理想を粉々に砕くものでした。建設費が当初想定の「約2倍」、すなわち900億円規模にまで膨らみ、採算が全く見込めないことが判明したのです。
900億円という数字は、JR九州の連結純利益の数年分を吹き飛ばしかねない規模です。単なる「予算オーバー」ではなく、企業の経営基盤を揺るがすレベルの暴騰でした。その要因は、近年の資材高騰に加え、「線路上空」という極めて特殊な工事条件にあります。鉄道の運行が止まった深夜のわずか数時間、線路の上で巨大な資材を動かす。この特殊な夜間作業に伴う人件費の膨張は、昨今の労働環境の変化も相まって、当初の予測を絶するスピードで加速していました。
ロマンはあっても、算盤(そろばん)が合わなければ未来は創れない。JR九州は規模の縮小も模索しましたが、最終的には「実行可能な事業計画の策定は困難」として、プロジェクト自体を中止する苦渋の決断を下しました。東京都中野区の再開発など全国で大型プロジェクトが相次いで頓挫する中、この博多の決断は、日本の建設業が「作りたくても作れない」という未曾有のフェーズに入ったことを象徴しています。
4. 考察:「撤退の美学」か「停滞の兆し」か? 2026年を支配する冷徹な生存戦略
欧州、アサヒ、博多。これらの事例は一見バラバラに見えますが、共通しているのは「損切り」の難しさと、その重要性です。
かつては「決めたことをやり抜く」ことが美徳とされました。しかし、2026年という時代においては、刻一刻と変化するリスクやコストに対して、いかに早く「理想を捨て、現実を直視するか」という冷徹な撤退力こそが、企業の寿命を左右します。
欧州メーカーがもっと早くEVシフトの無理を認め、エンジン技術とのハイブリッド戦略に舵を切っていれば。アサヒが遮断時のシミュレーションをもっと現実的に行っていれば。JR九州がコスト高騰の波を過小評価せずに早期に計画を変更していれば。これらの「たられば」は、すべて私たち自身のビジネスへの警告です。
正直、今回のニュースはどれも「痛い」ものばかりです。しかし、致命傷を負う前にプロジェクトを止め、不利益を公表し、戦略を練り直す。この「傷を広げる前に引く勇気」こそが、不透明な時代における新しい『信頼』の形なのではないでしょうか。
まとめ
この記事をまとめると…
- 欧州自動車メーカーは急進的なEVシフトにより経営が悪化。手放したエンジン技術が中国メーカーの武器となり、自らの牙城を崩されるという皮肉な代償を払っている。
- アサヒグループのサイバー被害は、データ保護のためのシステム遮断が、物流という企業の心臓部を止めてしまうという、セキュリティ対策の新たなリスクを浮き彫りにした。
- JR博多駅のプロジェクト中止は、資材・人件費の高騰が、巨大資本の事業計画すら「採算不能」に追い込む、建設業界の厳しい現実を示した。
- 2026年のビジネスシーンでは、描いた理想に固執せず、変化するリスクを冷徹に読み取って「損切り」や「軌道修正」を行う適応力が、生存の鍵となる。
理想を追うことは必要です。しかし、その理想が毒に変わる兆しを見逃してはいけません。傷だらけになりながらも現実に適応し、次のチャンスを狙う。そんな「しなやかな強さ」が今、私たちに問われています。
配信元情報
番組名:テクノロジーFlash
タイトル:10_14週: 欧州、脱エンジンの代償/アサヒGHDのランサム被害、物流全般で停止/JR博多駅の目玉プロジェクト「空中都市」計画が中止
配信日:2025-10-14


